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zoom RSS 横浜FC J2優勝 J1昇格内定・・・

<<   作成日時 : 2006/11/27 23:40   >>

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昨日の出来事ですが、じっくりと気持ちが落ち着くのを待ってから書こうと思っていました。
こんなにも自分なりに「のめり込んだ」プロスポーツチームは、今までになかった。
・・・チーム創設時から、いや、横浜フリューゲルスを応援するようになってからか。

1993年のJリーグ発足時にたまたま住んでいた緑区の住宅街。
その一画に、横浜フリューゲルスの練習グラウンド&選手寮がありました。
普通に生活していれば、普通に練習場や寮の近くで選手達を見かけたりしていたし、
ごくごく自然にこのサッカーチームを応援したくなっていました。
時々は三ツ沢にも足を運び、ゲームを観戦・応援もしました。
しかし・・・

1998年秋、突然の悲報。
愛する「フリエ」が、同じ横浜をホームタウンとするマリノスと合併するという信じられない知らせが。
フリューゲルスの「親会社」のひとつ、佐藤工業が不況のあおりを受け経営難になり、
撤退するというのです。残りのANAだけでは運営不可能というのがその理由です。

最初は、全く信じられないというか、悪い夢でも見ているような感覚でいました。
しかし次第に事態が深刻な状況である事が分かってくると、悲しみと怒りが同時にこみ上げてきました。
「なんでだ!なぜ発表前にJリーグはそんな話を承認してんだ!」
企業の倫理に翻弄され、サポーターは完全にないがしろにされたままです。
よりによってマリノスと合併だと?ふざけるな!
それも合併とは名ばかりで「吸収・消滅」ってことじゃないか!
サポーターと選手達によって存続署名活動が始まり、社会現象となりました。
しかし「存続させる会」の必死の活動にもかかわらず、合併は撤回されることはありませんでした。

フリューゲルスがなくなる・・・

最後の三ツ沢ホームゲーム。「あの日の悲しい夕陽は忘れられない」と、
当時フリューゲルスで主将を務めていたMF・山口素弘は語っています。
リーグ戦終了後、天皇杯でフリエは快進撃。元日の国立のピッチに立ちました。
そして優勝。世間では「有終の美」などと騒がれましたが、その頃水面下で動く人達がいました。

当時のサポーター達が集めた署名と募金。これをもとに新しいチームを立ち上げようと動き出していたのです。
そして誕生したのが「横浜FC」です。
1999年はJ2の下のJFL準会員としてリトバルスキー監督を擁し優勝。翌年も無敗で優勝し、J2昇格。
2001年からのJ2を舞台にした戦いはやはり厳しいものでした。
ほぼ毎年、下位を低迷し続けるフリエ。去年までの最高位は8位。
特に昨年から今年開幕戦までの監督がひどく、とても見ていられませんでした。
創設以来、ずっとクラブ会員になり会費も払い続けていましたが、今期もあの監督が指揮を執るというのが我慢ならずに、2006年の更新をヤメたほどです。
クラブがきちんとしたビジョンのもと、もっとしっかりと戦えるチームになるまでは再び会員にはならないと決めていました。

今期開幕ゲーム、昇格してきたばかりの愛媛に敗れ、「その監督」は電撃的に解任されました。
代わっての監督はコーチにもなりたての「アジアの大砲」高木琢也氏。
「やれるのか?」周囲の心配をよそに、高木監督は序々にチームを強くしていきました。
まず、負けない。失点が大幅に減り、悪くて引き分け、連敗しない。
自然と順位も上がっていきました。そして3クール目も終わりに近づいた頃、「J1昇格」という文字がチラつきはじめます。

なんか、去年とあまりにも違う選手の成長ぶりに、戸惑いすら覚えました。
2003年に城彰二が、2005年にはキングカズと山口素弘。
彼らの加入に最初は客寄せの為の戦略かと揶揄するサポーターもいました。
しかし観客の増加は確かにあり、それによって若手をはじめ他に選手のやる気も違ってきているようでした。
さらにカズや山口にプロとは何たるかを徹底的に学び、生え抜きの選手も急成長しました。
そして昨日。「優勝」というオマケまで付き、遂にJ1に上がる資格を得たのです。

今は気持ちの整理がつきました。素直に「おめでとう」と言いたいです。
友達から「おめでとう」とメールも届きました。素直に喜びたいと思います。

最後に。
画像

「城彰二、ありがとう!そしてお疲れさまでした」


「1998年秋、経営難のためJリーグの横浜マリノスに吸収合併され、消滅することになった横浜フリューゲルスのサポーターらが中心となって市民に出資を求め、翌99年に運営会社を設立。同年、特例で、JFL準加盟を認められた。00年にJFL優勝。翌年、Jリーグ正会員となりJ2昇格。スポンサー収入だけでなく、クラブメンバーと呼ばれる会員からの会費でチームを運営している。ホームタウンは神奈川県横浜市、ホームスタジアムは三ツ沢公園球技場(1万5046人収容)」
以上サンスポwebより

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
僕は大学に入学する1年前に、日本リーグの某チームに所属していました。ぱんぱんさんの熱い気持ちは、すごーく分ります。。。
素直に今季の横浜FC良かったですよね。サッカーは負けないチームが強いんです。
ちなみに城もカズも、神戸OBです!何とか次節で神戸は2位確定したいです。
RYUJI
2006/11/29 09:29
>RYUJIさん
へぇ〜!スゴイですね! 日本リーグの選手なら、
今で言えば「Jリーガー」じゃないすか!
私は子供と一緒にフットサルをカジった程度なんで、
サッカーの上手な人を尊敬しちゃいます(^^)

神戸、2位になれるといいですよね。
3位で入れ替え戦になるとまた試合しなくちゃならんし。
J1・16位って、決して弱くはないですしね。
ぱんぱん
2006/11/29 13:06
遅くなりましたが、優勝おめでとうございます。

横浜フリューゲルスって結構好きなチームでした。
特に個性的な外国人が多く、エドゥー、アマリージャ、エバイール、ジーニョ、サンパイオなどはお気に入りでした。
その流れをくむ横浜FCの昇格は素直に嬉しいです。

来年からはJ1での戦いとなりますが、絶対ダービーでは負けないで下さい。
その分レッズ戦ではお手を柔らかに(笑)
さすらい野郎
URL
2006/11/29 23:18
>さすらいさん
ありがとうございます。嬉しいです。

>個性的な外国人
私は特にエドゥーが大好きでした。
ゴールマウスに向かってグイっと弧を描いて飛ぶ、
あのフリーキックは「芸術」でしたよ。
アマリージャは今なら「ランドマーク」とか呼ばれてたかもしれません(^^)

ついに復活する「横浜ダービー」、負けられませんね。
今のマリノスが相手なら勝てそうですけど(^^)v
レッズ戦も楽しみです!
ぱんぱん
2006/11/30 12:58
そーなんです(^^
世が世ならJリーガーと呼ばれてたのかも。。。同級生の何人かはJリーグ初期に高齢選手として活躍してました。

私は今じゃ見る影もなくボールのようになってますが、昔は今のレッズの田中達也と同じ身長と体重でした。(レベルは違いますが)
RYUJI
2006/12/01 22:54

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